それは、始まりで終わるひとつの物語たち。
★第一篇★
伝わらなくても、伝えました。そうしたら伝えにきました。
思い出すのは、ただ彼のこと。――疑問を抱いたことって……ある?
彼は、そう言ってきた。
そしていま私は、確かにここを歩いている。
――彼に会ったのはあの時のこと。
何故かわからず公園にきて、ひとり腰掛けていたとき。
「君はさ――疑問を抱いたことって……ある?」
私は誰に言っているのかわからずに、ただ呆けていた。
「君はいま、公園に来ている――何故か分からずに。
そしてひとり、座っている。」
その声が私の耳に入ってはじめて、
それは私に言っていると分かった。
「君はね、疲れてしまったんだよ。
見ることに、そして――何も分からないことに。
他人が見ようとしないものを見るのに。」
よく分からなかった。そうなのか、そうではないのか。
正確に言うなら、そうではないという気持ちと――
――そうかもしれないという、両方の気持ちが生まれた。
「君は、気付いたんだろう。
この世界の、ひとが常識と呼ぶベールの底にある、それに。」
わからない。何のことなのか、私には思い出せなかった。
「君はきっと、色々なひとに話した。伝えようとした。
でも、ひとはきっと、ただ一言で片付けた。」
それはきっと、とても厭な気持ちだ。
ずっと何度も、言われてきた気がする。
でも――思い出せない。何も。
「きっと君は、そんな世界がとても、とても厭になったんだろう。
でも、どうしてか嫌いにはなれなかった。」
厭で厭で仕方ないのに、嫌いになれないというのは、
とても苦しいことだろう。
嫌いになって、何もかもから逃げ出すことができないのだから。
――どうしてこんなことを考えているんだろう。
過去にそんなことがあったんだろうか。
「そんな自分のきもちが君は訳が分からなくなって――
忘れようとした。」
この人は、まるで私の考えていることを、
透かし見ているように、続ける。
「けれど、忘れることはできなかった。
思い出さないようにはなったけれど、忘れるのは無理で――」
この人は、なにか私にはない、光を持っている。
そんな気がした。何故だろう。
「――君はそういうものに出逢うたび、厭な気分になった。」
いまでも、訳もなしに厭な気分になることがある。
それは、そのせいなのだろうか。
「それでも君は、どんなに厭になっても……嫌いにはなれなかった。」
棄てた大切なものを拾い上げた。
そんな感覚を覚えた。
それはとても忌々しく――
「厭になって、厭になっても、嫌いにはなれない。
嫌いに変われない。そうして君は――
――逃げてきたんだ。ここに。」
――同時に、清々しかった。
「さあ、もう一度訊こう。」
きっとこれが、一条の光。
「君は――疑問を抱いたことって……ある?」
私は、ここで初めて、この人に声を聞かせる。
「――――。」
思い出すのは、ただ彼のこと。――疑問を抱いたことって……ある?
彼は、そう言ってきた。
そしていま私は、確かに探して歩いている。
――かつての私を見つけたのはその時のこと。
本も読まずにガードレールに、ひとり寄りかかっている少年を。
いまの私は、伝え、そして救うために。
かつての私に、声を掛ける。
「君は――疑問を抱いたことって……ある?」
★ 第二篇★
ただ孤独で、そっと目を閉じました。なぜか涙がでてきました。
僕の中には、
僕以外に《彼女》がいる。
僕がつくりだした存在で、性格。
それはあくまで
僕が作り出した《性格》で、
多重人格などではなく。
あくまで僕の心の中のひとだから、
《彼女》は
僕が思うとおりに僕と話す。
そんな存在。
僕は怒れない。怒り方をしらない。
僕ができるのは苛立つこと。
ずっと耐えてきた。
僕はむかしは怒れたようで、
だから、怒るとどうなるかは知ってる。
いつからか、怒ると周りから怒られた。
生意気だ、って。
知らないくせに。
自分は世界の全てを知っている。
そんな言い方をするな。
おまえには見えていないくせに。
この矛盾が。
いつしか、僕は怒れなくなった。
きょう、怒るってことを人にきいた。
怒るというのは苛立ちが募ったときに、
そういう感情が生まれるらしい。
じゃあいまの僕にとって、
怒るって泣くこと?
《彼女》は僕が辛いときに、
ただ僕にそっと声をかけてくれる。
それだけの存在。でも僕はそれが幸福。
妄想とか盲想とか、
それだけの存在。でも僕はそれが幸福。
《彼女》は怒らない。
僕が苛立って、
それでもおさまらなくて悲しくなって、
夜になっても
ずっと痛かったときに来てくれる。
ただ声をかけてくれる。
《彼女》が怒ったところは、
僕は想像できない。
だから――怒らない。
夜にならなきゃ《彼女》が来ない。
そうさせたのは僕。僕の心。
けれど、それじゃ辛さに耐えきれない。
どんどん、厭な気持ちがたまる。
人は怒ってこの気持ちを消すようで、
でも僕は。
さあ、どうやって怒ればいい?
きっと怒るのは、僕の役目じゃない。
じゃあ誰の?《彼女》の?
《彼女》は僕の話を《聞いて》、
声をかけてくれるだけ。
彼女は怒らない。
僕は自分の行動を、
語り部のように説明する存在に気付く。
《彼女》のように遠くない、
苦しいとまではいかないけど、
それでもすこし苛つくことがあると、
気さくに話かけてくれる存在。
《彼》がいたことに気付いた。
《彼女》は僕の話を《聞いて》、
声をかけてくれる存在。
癒してくれる存在。
僕にできる負の感情は悲しむこと。
ならきっと、《彼》は。
《彼》は僕が《話して》、
声をかける存在。
彼の役目はきっと――怒ること。
怒り方をしらない僕の代わりに。
僕の幸福はもちろん、
《彼女》に話しかけられること。
けれど《彼》のお陰で随分楽になった。
苛つくことがあったら、
《彼》が僕の表面にあらわれて、
ほんの少し、表情を怒らせる。
それだけで、随分ちがう。
いつか僕は、
《彼》の状態でいることが多くなった。
怒っていなくても。
《彼》は明るいし、過ごしやすい。
だから僕は、
僕を苛立たせるあの人たちが
いないときには、《彼》でいる。
性格は《彼》みたいではないけれど、
話し方は
《彼》みたいでいることが多くなった。
でも、夜まで痛いときが少なくなった。
《彼女》に会えるときが少なくなった。
痛くないのに痛い。――ただ苛ついて、
《彼女》に会えないなんて、
苛つき損じゃないか。
俺の中には、
俺以外に《彼》と《彼女》がいる。
俺がつくりだした存在で、性格。
それはあくまで
俺が作り出した《性格》で、
多重人格などではなく。
あくまで俺の心の中のひとだから、
《彼》と《彼女》は
俺が思うとおりに俺と話す。
そんな存在。
最近思う。
《彼》と《彼女》はただの妄想。
そんなことは分かってる。
でも、《彼》と《彼女》を、
俺の前から《去らせる》わけには、
もういかない。
第一、心の中の《彼》と《彼女》
――特に《彼女》は、
もう妄想の範囲を超えた妄想だ。
もう俺の大切なひとで――
失いたくない存在だ。
《失わせる》方法なんて、分からない。
これは恋じゃない。
俺は《彼女》と、
両思いになりたいと思っていない。
それにそんな必要もない。
けれど、失いたくないのは、なんでだ?
最近、《彼》や《彼女》のことを
考えていたのに、
考えが全く違う方向になってる時がある。
それに気づいたときに、
すこし幸せな気分になる。
なんか本当の幸せのような気がする。
でも、失いたくはない。
《彼女》は俺の心で、
必要がなくなれば消えてしまう。
なあ、俺はどうすればいい?
なんとなく、
《彼女》のことを
馬鹿にされたような気がして。
わかってる。
こんなの良くないってことは、
俺にだって分かる。
でも、失いたくない。
俺はどうすればいいんだ!
俺は俺は俺は――
この間からずっと考えて、分からなくて。
良くないってことは分かってるけど、
分からなくて。
《彼女》はもう俺の大切なひと。
どうすればいいのか。
辛いのは厭だけど、
《彼女》がいなくなるのも厭だ。
辛くなくなれば
《彼女》は必要がなくなる。
いなくなる。
きっと、このことを分かってくれる人が。
俺の望む質問をしてくれる人が、
心の中じゃなくで、
今この前に出てきてくれれば。
すべて解決する気がするのに。
その日は、本を読んでいた。
でも、俺の頭の中はぐちゃぐちゃで。
訳もわからず、
本を持ったまま、ここまで来た。
本も読む気になれない。
誰かが何かを言っている。
なにか引っ掛かる事を。
俺にむかって言っているのか?
どうやら、
俺にむかって言っているらしい。
言っていることが
だんだん頭に入ってくる。
ごちゃごちゃだった俺の頭が、
凄くすっきりしてくる。
でも、なにも答えられない。
そいつが始めに問うたことを、
まだ答えられない。
何故かわからない。
そいつは、俺のこれまでを、
心を見透かしたかのように、
分かっていて当然のように言う。
まるでこいつも同じだったかのように。
俺は気付いた。もう《彼》も《彼女》も、
その話を――
それに関わる話を聞いているのに、
その事が浮かんでこなかったことに。
何故かわからない。
僕は、
この人が最初に問うたことの答えを
見つけた。
やっと分かった。
そして、僕がこれから何をし続けるかも。
それを分かったかのように、
この人は、始めに問うたことを、
また、訊いた。
もう、僕は答えられる。
やはり、
《彼女》への大切な想いは永遠に続き。
そして、
《彼女》はもう僕の夢からいなくなり。
けれど、
《彼女》は消えたわけじゃない。
きっと、
《彼女》は僕が行き詰まったときに。
また来るだろう。
――僕の許へ。
でもきっと、僕は、もう行き詰まらない。
僕と《同じ》人をきっと見つけて。
その人に問い、
その人は、きっと答える。
僕と同じことを。
行き交う車の音に、
僕の声はかき消された。
けれどきっと、この人には届いただろう。
僕には分かる。
きっといつか、僕はこの人と同じことを。
僕と《同じ》人に問う、ということが。
疑問を抱いたことはあるか――と。
★第三篇★
大切なものを棄てました。その大切さに気付いたとき、その人が拾ってくれました。
――さよならをしよう。
いや、そんな価値もないかもしれない。
その男は、そう思った。
――こんなグレーの世界に、もう用はないのだ。
資格は、あるはずだ。
けれど、何故だろうか。
どうして躊躇うのか。
ただ、ここから一歩。たったの一歩踏み出すだけで。
何もかもが跳ねとばされる。感覚も体も、そして、記憶も。
それで、それで全て――
「『それで全て終わる』?」
振り向くと、少女が立っていた。
唯にやにやと、男を見ていた。
何故かアイツを彷彿とさせたのは――
少女の年齢のせいだろうか。
沈黙。
それを破ったのは、男。
「君は、誰?」
少女はにやけ笑いのまま、少しの間を置いて、
「――ウタビト。」
――妙な名前だ。
「……それが君の名前か?」
「違う。いまのわたしの立場。《詩人》って書く。」
「……なら、君の名前は?」
少女の表情が変わる。うすら笑いでなく、緊としたそれに。
「……無い。かつてのわたしの立場はもう消えたの。
わたしは、ただの詩人。
……でも、きみも変なひとだね。妙とか言わずに名前を訊くなんて」
「……名前を知らなければ、人との繋がりは、
どんなものでも知るそれよりも早くはやく消えゆくから――」
――というのは、アイツの受け売りだけど。
「ふぅん……それで、アイツって誰?」
こんど表情を変えるのは男の番だ。
――どうして。
「……誰だと思う?」
「そんなのわたしが知るはずないでしょ。
……そういえば、きみの名前聞いてないよ、わたし。」
男は表情を曇らせる。
「棄てたんだ。ずっと昔に。思い出してしまうから。」
「それは、『アイツ』と関係があるの?」
男は歯を食いしばって思った。
――どうして、こんなことを。
「お前に訊かれるんだっ!」
少女の体が、びくっとはねる。怯えたように。
「大体なんなんだよ、ウタビトって!意味がわかんねぇよ!
くそっ!思い出させるなよ!アイツはもう居ないのに!」
少女は泣きそうになりながら、
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ひとことを繰り返す。
「おまえは大体、いつもいつも――っ!?」
――どうして。
少女が一歩、男に近づく。
「ごめんね。」
――悪いのはこっちなのに、どうして謝るんだ。
少女が少しの間を置いて、ぽつりと話はじめる。
「わたしはね、自分がどうして此処にいるのか、わからないんだ。
ただ憶えてるのは、わたしの役目と、ひとつの詩。
ここで死のうとする人に詩を贈るのがわたしの役目。
それと、憶えてる詩を解かなきゃいけない気がして……」
一息。
真謳うは歴史の底に
水面の闇の真は其処に
疑念を抱き沈むは誰か
彼は還るか帰らず逝くか
それとも此処に戻ってくるか
彼に行くなと彼が呟き
彼に逝くなと彼女が嘆き
彼に往くなと彼が囁き
それでも誰も彼を止めずに
彼に彼女がいけと誘う
導くものは導かれ
誘うものは誘われ
死に逝くものは隣人が死に
消え往くものは隣人が消ゆ
それを眺めて
嘲うのは果たして誰か――
「さっぱり分からないんだ。この詩がなんなのか。
何を伝えたいのか。
でも、この詩はきっと、わたしの大切なものだと思う。」
「僕にもさっぱりだ。けど――」
――なにか引っ掛かる。
少女は言う。
「だから、話してよ。『アイツ』のこと。きみがここに来たときに、
わたしはいつも通り、きみの詩をきみに贈ろうとした。
だけど、きみは何か知ってるふうに見えたんだよ。」
少女は少しびくびくしながら、
「――無理にとはいわないけど、教えてよ。」
「この僕が、ひとの役に立てるなんてね……いいよ、分かった。
でも僕はもう、アイツの名前も姿も、憶えていないからね。」
少女は嬉しそうにくすっと笑って、
「ありがとう」
なぜか、アイツを思い出した。
――アイツとは、学生の時の友達だった。
女だよ。
ううん、付き合ってはいなかった。
ただ、お互いがお互いを好きだったのは、
お互いが知っていて。そしてその事も知っていて。
でもやっぱり、付き合ってはいなかった。
似たようなものだったけどね。
お互い告白もしてないから、そうは言わないよ。
――アイツはいつもノートを持ち歩いていて……
何を書いていたかは見せてくれなかった。
詩を書いている、って言っていたけど。
はずかしいって言って、いつも隠してた。
たまにふたりで出かけたりして。
――ある日。日曜日だったんだけど。
アイツが、電話をかけてきて、
新しく書いた詩をみせたいって言ったんだ。
驚いたよ。いままで見せてくれなかったのに。
じゃあ、えっと、ちょうどそこで――
むかしは喫茶店があったんだけど、
そこで会おうってことになってさ。
――そこの横断歩道をはさんで、僕とアイツがいて。
信号が青になって、僕が渡って。
渡ってる最中だったんだよ。
――来たのはトラックだった。
僕は何が起きたかわからなくてね。
ただアイツが走ってきたのが見えて。
僕の名前を叫んだんだ。なんて叫んだかは思い出せない。
――「来ちゃだめだよ」って思って。
でも言う暇もなく、アイツが僕の手をとって。
僕にぎゅっとノートを押しつけて。
もうそのまま走っても間に合わなくて、アイツは――
体を回したんだよ。で、手が離れて。
それで、僕が反対の車線に打ち付けられて意識が遠のくなかで。
アイツがトラックに隠れて見えなくなった。
ただ、その直前に。
アイツが言ったことは憶えてる。
「……伝えて」って。
――病院で気がつくとアイツのノートがあったけど。
結局アイツは死んだ。
僕はそのノートを読まずに。読むと泣き出しそうでね。
結局アイツの両親に渡したよ。
僕がアイツの詩をひとつも知らないまま、アイツは去った。
知りたいとは思うけどね。いまさら家に訪ねるのもさ。
――それからしばらくして、僕は名前を棄てた。
ひととの関係を全て絶ったのさ。
理由なんか分からないけど、僕は自分で、自分の時計の針を凍らせた。
アイツが居ない時間をできるかぎり減らそうとしたのかもしれない。
僕は生きてもいなかったけど死んでもいなかった。
――死んでもよかったんだ。
でも、僕が死ねば、迷惑がかかる。
そして葬式がひらかれるだろうね。こんな僕には壮大すぎる儀式が。
だから僕は死ねなかった。そんな資格がないのさ。
アイツが居ない世界は厭だけど、やっぱり嫌いになれないんだ。
気がつくと、少女が泣いていた。
少女が口を開く。
「わかったよ……この詩の意味が。やっと、やっと。ありがとう……」
男は話をやめて、こう言った。
「――聞かせて」
「うん。きみに贈るのは、この詩にする。」
真謳うは歴史の底に
「真実を伝えるのは、歴史の奥底にある、ひとの気持ち」
水面の闇の真は其処に
「小石でも波を立ててしまう水面のような……心に、それはある。」
疑念を抱き沈むは誰か
「心で成る、世界に疑問を抱いて、潜ったのはいったい誰だったか」
彼は還るか帰らず逝くか
「その人は土に還るか、でなければ自分から去るか。」
それとも此処に戻ってくるか
「それとも、無事でこの場所にもどってくるのだろうか。」
彼に行くなと彼が呟き
「ある人は行くなと呟いて」
彼に逝くなと彼女が嘆き
「ある人は死ぬなと嘆いて」
彼に往くなと彼が囁き
「ある人は目的に向かっても良いことは無いと囁いた」
それでも誰も彼を止めずに
「でも、誰も彼に直接言わないで、止めることができずに」
彼に彼女がいけと誘う
「誰かがその全てを促した。」
導くものは導かれ
「そこで全てが真逆になって……
いままで自分が世界に導かれていたのが、自分で導くことになった」
誘うものは誘われ
「促した誰かは、過去の自分だと気付いた」
死に逝くものは隣人が死に
「結局、過去に死んだ人は大切な人が死のうとしていて」
消え往くものは隣人が消ゆ
「消える筈だった者は大切な人が消えるのをだた見る」
それを眺めて
「そんな様子を見て、」
嘲うのは果たして誰か――
「嘲う人は誰だろう――」
「きっと、誰でもないんだよ。
どんなに世界が厭でも、嫌いになんかなれっこないんだよ。
……この詩、きみみたいだよ。
まるで、君に贈るために書かれたみたいだね」
――僕はいつのまにか泣いていた。
とっくに涸れたと思っていたのに。
「わたしはね、……幽霊なんだよ。一度、死んでいるんだよ。
この詩を解くことを考えて、他人に詩を贈ってきた。
ありがとう。きみのおかげで、解けたよ。
そして――」
――さようなら。
僕は一息。
「それじゃ、僕の話の続きで……これで最後だ。」
――僕は、資格を得るために、いろんな事をしてきた。
その度にお礼を言われた。
そして僕は、もうその資格がある。
そのくらいの迷惑はかけても良いと思う。
――いま、ひとりの少女を救ったから。
だから――
少女はいやな予感がした。
少女はその正体を知っていた。
どうして。いままでは、こんな気持ちにならなかったのに。
「だから僕も、さよなら。」
少女は、後悔した。
わたしが詩をおくったから。
もうあのひとは死ぬことになってしまった。
でも。もう無駄でも。
気がつくと少女は、走り出していた。消えかけた体で。
そして、叫んだ。
「――――!」
男の名を。
男が棄てた名前を、少女が拾って。
その瞬間。
男と少女のその時は、あの時と重なる。
すべての記憶が、蘇る。
一緒に帰ったときのこと。口論したときのこと。
友人達から冷やかされたときのこと、そして――
あの時のこと。
ふたりは思う。
――絶対に、
――二度と失うものか!
車がくる。
それは、幽霊である彼女の体を通過して、
彼を終わらせる。
そのはずだった。
――そのとき、奇蹟が起きる。
彼女の体が光り、車の動きを止める。
同時に、彼女は消え往く。
彼女が口をひらく。
「ありがとう。あれはあのとき、きみに見せたかった詩だった。
わたしは、死んだとしても、
あの気持ちを忘れたくなかったんだと思う。
だから、あの詩だけはずっと憶えてた。
けれどわたしは、記憶を失っていて……
あの詩だけが手がかりだった。
……わたしはきみのおかげで、自分の気持ちを解けたんだよ。
ありがとう。」
彼は泣いていた。
「最後にひとつだけ、聞いてくれる?
もしも、この世界が厭になって、疑問を抱いて、
でも嫌いになれなくて、
逃げ出したひとがいたら――」
「……伝えて。そして救ってあげて。」
そういって、彼女は消えた。
彼は――
「ああ、」
――立ち上がり、なにも見えないところに向かって言う。
「任せとけよ」
語り締め
続きつづける救いの円舞曲。
それはその時始まって、
始まりで終わる、ひとつの物語たちは、
それで終わりました。
公園で出逢ったあの人も、
《彼》と《彼女》を宿した少年も、
すべての始まりの男と、そして少女も、
伝えいく最中、またはその後に、
幸せになったかどうかは分かりません。
あなた――そう、あなた自身が、
物語の湖に潜り、行間を読み、
確かめてみるよりほかにないのです。
なぜなら、それをするのは、
語り部たる私の役目ではないのですから――。