★扉文★
Wherever I am, I am not there.
どこに僕がいようとも、そこに僕はいない。
Whatever I am, I am not it.
僕がなんであろうとも、それは僕じゃない。
Whenever I am, I am not at that time.
いつ僕がいようとも、その時僕はいない。
Whoever I am, I am not that person.
僕が誰であろうとも、僕はその人じゃない。
Whichever I am, I am not whichever.
どちらの僕であろうとも、僕はどちらでもない。
However I am, I am not.
僕がどう存在しようとも、僕は存在しない。
★第零章★
なあ、下らないと思わないかい?
……何が、って?
そうかい、君もそうなのかい。
やっぱり下らないね。
……いや、分からないならいい。
君はそのままでいい。
知らなくていいことや、気づかなくていいことっていうのは、確かにあるのさ。
何かに気づいてしまったが故に、放逐されてしまうものもある。
それでいて、そこに居なければいけない。
それはとてもつらいことなのさ。
なあ、分かるかい?
……いや、聞いてみただけさ。
たとえば昔、こんな人がいた。
自分は、すべてがどうでもいい。
世界になんて興味がない。
それなのに、周りが、くだらない人たちが、
心配している人を演じて、自分に陶酔して、なにか喚いているのさ。
周りが何を言おうとも、どうでもよかった。
それでも、なにか喚いているのさ。
その人は、なにもかもを、いわば客観視できた。
つまり、なにもかもが、他人事のようだった。
……そうなれたら良いって? とんでもない。
それは、辛かっただろう。苦しかっただろう。
どうでもいいのに、うるさくいわれるのさ。
自分はどうでもいいのにね。
その人は求めた。
自分を知らなくて、でも全てを知っていて、
全てを理解してくれる、そんな人を。
でもその人は知っていた。そんな人はいない、ってね。
だけど、それでもその人は探した。
自分が思っていることを、伝えた。
けれどその誰からも、同意はしてもらえなかった。
この社会のことをよく理解していない――未熟だからだ、と言われた。
けれどその人から見れば、彼らの方が未熟だった。
何も知らないで、自分たちのしていることがいかに下らないか分からない。
その人は、まず社会に裏切られた。
辛いことがある度に、それを、小声ででも、口に出したかった。
でも、無理だった。きっと口にだせば、泣いてしまうから。
その人は、夜に、たったひとり泣くことしかできなかった。
そして、その人はあるとき閃いたのさ。
他人が聞いてくれないなら、せめて自分に聞いてもらえばいい。
そうして、その人は作った。
とても、とても辛くて、夜、一人泣くときに、全て聞いて、全て受け入れてくれる人を。
自分自身の心の中に、その人を作った。
夜にただ一言、ひとこと言ってもらうだけで、涙が溢れてきた。
どんなことも、耐えられた。会うために……その人に、会うために。
そして、その人は、どんどん美化されていった。
けどその人を作ったために、辛さはどんどん増していった。
その人に会うだけじゃ、辛さに我慢できなくなった。
でも、発散もできなかった。
ずっと耐えてきたから、ちょっとした悪態も躊躇ってしまう。
声としてどころか、息が出てこない。
その人はいつのまにか、その人だけでなく、自分自身に話していた。
すこしくだけた感じになって、自分で受け答えていた。
声を出さずに、頭のなかで。
その人は自分の感情さえ、自然に感じることが無くなってしまった。
感情をなくしていった。耐えたがために。
すべて、誰かがみて感情を語っているような――そんなふうになってしまった。
その人は、感情という仮面を被った。
怒りもした。笑いもして悲しみもした。
だけど、それはすべて自分で語っているものだった。
その人は、「自分自身」が何も存在しない、空虚な存在になってしまった。
いつしか、すべて自分とのやりとりで済み、あの人はでてこなくなった。
あの人ですら結局は自分自身なのに、そうなった。
その人は、ひどく後悔した。そのように「思った」。そして何とかして、会おうとした。
けれど、無理だった。
それをずっと繰り返すうちに、その人は気づいた。
ああ、自分は自分にとっくに裏切られていたんだ、と。
残されているのは、語られる感情という、空虚な自身だけだ、とね。
この詩集を書いたひとはそういう人を知ってたんじゃないかな?。
僕はこの人のことが、分かるような気がするのさ。
……会ったこと? 勿論ないよ。けど、昔会ったひとから聞いたのさ。その人の話を。
きっと末文も、そういう人のことだよ。
この末文の詩は、いろんな解釈があると思うけど――
……僕はこう思ってる。 聞きたいかい?
真実に気づくのは常に過去の自分を振り返って初めてで、
まるで澄んだ水の奥に隠れているみたいだ。
表面のみを見ている他人に嫌気がさして、
そして気づいてしまったのは、なあ、誰だった?
そして、放逐されるか、自ら世を去るか、道はふたつにひとつだ。
無事に他人の考えに帰れる、なんて期待も確かにあったかもしれない。
気づかないほうがいいっていうのも、分かってた。
でも気づいてから、世を去るのもいけないのも、自分自身が警告していた。
でも、このまま生きていくのも辛いことも知ってた。
結局のところ、どれも決め手にならずに、
だらだらとここまで来てしまった。
いままで自分を歩かせてきたものが、苦になってしまって、
自分が説こうとしていたものに溺れてしまった。
自分が去るべきだったのに、世界のくだらなさばかり目に入って、
本来消えるはずだった自分は、消えずに空虚になってしまった。
それを知っていてなお、
自分自身は世界を裏切り嘲ているのさ――
★第一章★
単調な音が響く。景色が目まぐるしく動いていく。
私はまた、手許の本を開く。
扉文の一つの詩を読む。
電車のなかの暇つぶしに買ったにしろ、平積みされていただけあって、
なかなか面白そうな詩集だ。
これは、多重人格者かなにかだろうか――どこか違う気がするが。
よく分からない。
頁をめくる。
希望の闇が
絶望の光が
私の道に充ち満ちて
照らすのは光か闇か
希望かそれか絶望か
暗い光におぼれながら
明るい闇を見つめ歩く
光と闇を比べるなかれ
闇も絶望も存在しえぬ
闇とは光の届かぬ場所
隠れた何かが潜む場所
絶望とはすこしの希望
心の底にしずんだ期待
光が無ければ闇もまた無く
希望が無ければ絶望しえぬ
ならば私の今目の前の
希望の闇と絶望の光は
一体なにかなんなのか
きっとそれは隠れた希望
わずかばかりの希望の光
言葉のあや、というやつだろうか。
でも確かに、他人の無責任な希望は重圧になりうるし、
絶望に溺れて陶酔することだってできる。
――そうして人はやり過ごすのだから。
それは常に私が感じていることだ。
それにしても、字数がぴったり合っているというのはなかなか凄い。
また、頁をめくる。
それを繰り返しているうちに、駅についてしまった。
続きは帰りか、また暇なときに読むとしよう。
「あれ、なんですか? その本」
休憩のときに、声をかけられた。
「ああ、これ? 電車のなかの暇つぶしに買った詩集。」
ほへー、なんて間抜けな声を出している。
その後、なにか思い出したように言われた。
「……あ、そういうのって、はじめから読まないで、
適当に開いたところから読むといいらしいですよ。
ほら、はじめから読むと最後まで読まなきゃいけないけど、
途中からだと途中までで良いって、なにかに書いてありました」
なるほど、それは面白い。ぜひやってみよう。
別れたあと、私はためしに一番最後を開いてみた。
そこには当たり前だが、詩が書いてあった。「末文」とあって。
「…………」
目で追ったあと、その詩を口に出してみる。
なんだか、共感するところがある……意味はよく分からないが。
きっと、私だけだろう。
帰りの電車の中で、またあの本を読んだ……適当なところから。
どれもそれなりだった。中には共感するものがあって、さっぱりなものもあった。
そうしているうちに、あの最後の詩に行き着いた。
……相変わらず分からない。が、どこか共感する。
意味を考える。
……考えているうちに、駅についてしまった。
「結局わかんないな……まあ、いいかな」
そう言ってホームに降りた瞬間、わかった。その詩の意味と……なぜ共感していたか。
これはとても――悲しい詩だ。
そして、その詩の意味を思う。
私が忘れてしまった過去の奥底に、
分からないまま放っておいた、見ようとしなかったものが置き去りになっている。
どこかしっくりしないまま、私はそのわけを探そうともしなかった。
私は巡り廻ってまたそれを見つけて、でもまた放り出す。
放っておけばいい、と私は思う。
でも放っておいたまま、私は一生を終えるのか?
それともそれを迷ったまま終えるのか?
結局私はそれすら立ち止まって考えずに、
一人歩いていってしまう。
でも、私は一人で歩いていたのか?
きちんと自分を導いたか、それとも流されていただけなのか?
そうしてただ迷いが過ぎ去るのを待って、
でも迷いは消えずに、選択だけが残される。
それを前にした私をいつか、
他人が憐れんで、そして馬鹿にするのだろう――
★第二章★
学校帰り、いつも友人と寄り道する本屋で、俺は適当に立ち読みしている。
「なぁ、お前が言ってたラノベ、新刊でてるっぽいぞ」
「え、マジで? やべぇ立ち読みしなきゃ」
「お前な……小説で立ち読みはないだろ」
俺は呆れたように言われた。お前だって漫画読んでるくせに。
まずあとがきを読まねば。あとがきから読む、それが俺のジャスティス。
俺は急いでその棚のところに行く。
すると、自動ドアが開いて、誰かが入って来た。
「ん」
俺とそいつの目が合い、そして数秒。
「先生……?」
先生はそう言われるとにやりとわらって、
「ん、何だ? おまえは本屋で現国の勉強かー。偉いなー」
「でしょう? そこで漫画読んでる奴とは大違いでしょう?」
ちらりと『漫画読んでる奴』の方を見ると、不満そうに「む」なんて言っている。
「……おまえもなー、ライトノベル? だっけか?
そんなもんばっか読んでないで、もうちょっと一般的な本を読んだらどうだ?」
「たとえば?」
長い沈黙の後、
「……『走れメロス』……とか」
「…………先生も教科書で読んだだけ、とかじゃないですよね?
っていうかアレは王様が結局いい思いしてるような。
あの作者も恥の多い人生なら自慢しなきゃ良いのに」
「……確かに」
同意するなよ。
「……ま、まあとにかくだ! おまえもこういうやつを読んでみろ!」
そう言って、そこに平積みされてる本を指して、そのあと去ってしまった。
結局寄り道については何も言われなかったな……。
まあいいか。そう思って平積みされてる本を手に取る。
適当とはいえ、勧められた本は読む。それが俺のジャスティス。
まずあとがきを読まねば。
そして、本の後ろをめくる。
「……ない」
あとがきがなかった。そんな本がこの世にあるのかと思い、表紙を見てみる。
どうやら詩集らしかった。ならあとがきがなくても仕方あるまい。
あとがきの代わりにあったのは、詩だった。「末文」と書いてある。
「…………」
さっぱり分からん。読めない漢字があるし。
そのあと「おい帰るぞー」と三回言われるまで、その意味を考えていたが、
やっぱり、さっぱり分からなかった。
★終章★
伝わっただろうか――そう、僕は考える。
あのときは驚いた。ほんとうに、驚いた。
でも、僕も読むことができるのだ。あのとき、読まないままにしてしまったものを。
もとは、単なるノートだったのに。
本にして出すなんて言われたときは、ほんとうに驚いた。
僕は、なにか書いてくれ、なんて言われたが、とんでもない。
結局、アイツが書いた唯一の英詩を扉文にすることになったらしい。
末文は、一番最後に書いてあった詩にするそうだ。
ということは――僕にくれた詩か。
僕は、買ってきた本を開く。
そこにあったのは、一つの詩。
……きっとアイツも、なにか自分に矛盾した部分を感じていたんだろう。
あのときの僕と同じように。
頁をめくる――ゆっくりと。ゆっくりと、ひとつひとつ読んでいく。
気がつくと、日がだいぶ傾いていた。
僕はあのときから、ずっと伝え続けている。
アイツが言ったことを。僕は確かに、伝えている。
救えたかどうかは分からないけど……たったひとつのことを訊く。
アイツの詩を聞いてから、僕には分かるようになった。
アイツの詩人としての何かが、僕を変化させたのかも知れない。
そして、たったひとつのことを訊く。
僕が伝える人に、たったひとつのことを訊く。
そうして、僕は伝えてきた。
アイツが言ったことを。そして――
そして、この最後の詩の意味を。
真実を伝えるのは、いつだって過去の奥底に眠る、
ちょっとしたことでも波を立ててしまう、人の気持ちだ。
世界というものに疑問を持って、知ってしまったのは他でもない自分だった。
僕はそこで絶望して果てるか、自分から世を去るか、
それとも、知ってしまう前に戻ることができるのか?
行ってはだめだと言われ、
また死んではいけないとも言われ、
良いことなど無いとまで言われたのに、
僕は無視してしまい、
誰かが僕に囁き誘った。
そこで世界が反転して、今まで支えてきたものが重りになって、
誘惑したのは、自分自身だと気づいた。
過去の自分は今の自分を殺そうとして
僕は自分が消え行くのをただ見守っていた。
その様子を見たとしても
誰も嘲笑するなんてできない――
そう、世界にそれほど絶望しても、嫌いになんかなれないのだ。
それ故に苦しいこともある。
でも、嫌いになれないのは――嫌いじゃないことがあるからなのだ。
僕はそれを伝えている。
たったひとつの詩と、たったひとつの疑問を持って。
さあ、また伝えに行こう。
世界はまだ捨てたもんじゃないと気づかせよう。
たったひとつの詩と、たったひとつの疑問を持って。
★末文★
真謳うは歴史の底に
水面の闇の真は其処に
疑念を抱き沈むは誰か
彼は還るか帰らず逝くか
それとも此処に戻ってくるか
彼に行くなと彼が呟き
彼に逝くなと彼女が嘆き
彼に往くなと彼が囁き
それでも誰も彼を止めずに
彼に彼女がいけと誘う
導くものは導かれ
誘うものは誘われ
死に逝くものは隣人が死に
消え往くものは隣人が消ゆ
それを眺めて
嘲うのは果たして誰か――