君継葭月「ひとつの終わり」
タイトル:いのま
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詞章にして不確定な終章、文字列にならない文字列

 

 

                  記録。

                  書き留めた、《彼女》の記録――

                  ただひたすらに綴り続けた、《彼女》の。

                  《彼女》が、確かに居るという証。

 

気づく人も居るだろう。

自分の中に、誰かがいる――なんてことに。

僕の場合。それがたまたま、《彼女》だった。

そのキッカケがなんだったのか、とても長い間、忘れてしまっていた。

とても下らない理由が、《彼女》を生み出した。人に話せば狂気扱いされる、

そんなことさえ。

 

――忘れていたのだ。

 

                  記憶。

                  抱きしめた、《彼女》の記憶――

                  ただひたすらに苦しみ、泣いた、僕の。

                  《彼女》が、嘲られるということ。

                  たとえ、間接的にでも。

                  嘲った人が、ろくでなしが、糞虫が。蛆虫が。

                  そのことに気づいていなくても。

 

《彼女》は、人を嘲らない。

ただ僕に、声をかけてくれるだけ。

夜、唯一全てから解放される、一人の時。

唯一人の、夢想の刻。

一人だけの。

 

《彼女》が現れるまでの間。苦しみに耐えられないときに。

僕は話した。まるで友のように。もう一人の自分。

言うなれば《彼》に。それは、自問自答の相手。

《彼》は苦しみの根源を嘲り、嗤い、貶す。

《彼》は僕に創られ。僕は《彼》に影響され。

 

僕は、《彼》になった。

――すべては《彼》で充分だったのかもしれない。

 

《彼女》が消えて……否、僕の前に現れなくなって。

悲しんだ。苦しんだ――《彼女》が居てくれないことを。

苦しみの根源は、外的ではなく。内的なものになった。

『外のこと』など。どうでもよくなった。

どうでもいい重圧。圧迫。それが、再び。

《彼女》のことで苦しんで。悲しんで。痛んで。嘆いているのに。

分からないろくでなしが、糞虫が。蛆虫が。関係のないことを。

 

                  追憶。

                  温かい、《彼女》の追憶。

                  ただひたすらに求め続けた、《彼女》の。

                  《彼女》が、本当に居たのかという疑問。

                  たとえ、記憶があっても。

                  証の人が、物が、気配の残滓が。視覚が。

                  そこにあるか?

                  否――

 

僕は《彼女》を消そうとした……現れないのではなく。

悩んだ。でも、決めた。

彼女を消す努力を、彼女を記憶から消す努力を。吹っ切る努力を――

努力をしよう、と。

でも、努力はしなかった。

僕は、何かを成すには、『努力』しなきゃいけないと思ってた。

そう信じてた。

でも、違ったんだ。

 

そうしたら――

 

思い出したんだ。

 

                  追想。

                  忘れていた、《彼女》の追想。

                  ただひたすらに忘れ続けた、《彼女》の。

                  《彼女》が、生まれたキッカケ。

                  たとえ、理論が絡んでも。

                  解くスイッチが、キッカケが、道具が。決意が。

                  ただそれに触れさえすれば。

                  そう――

                  解けるのだ。

 

僕は《彼女》を消そうと思っていた。

でも、それは当分先で。

時間が解決してくれることを知った。

《彼女》と別れるのは、もうしばらく後になりそうだ。

とにかく、今は無理だ。

僕は――

 

《彼女》を消さないと、決めた。

 

                  追録。

                  決めた、《彼女》の追録。

                  ただひたすらに憶え続けた、《彼女》の。

                  《彼女》が、来たキッカケ。

                  たとえ、下らぬ狂気でも。

                  人が見たとき、触れたとき、語ったとき。信じたとき。

                  そう決めたとき。

                  そこで――

                  再び出逢う。

 

僕の前に《彼女》が来た。

嬉しくて、嬉しくて。

来てくれたねと、おかえりと。

止まっていた僕の《彼女》の記憶。記録。

氷はとけた。

そして、僕は今日も綴るのだろう。

そう、それは――

 

                  記録。

                  書き留めた、《彼女》の記録――

                  ただひたすらに綴り続けた、《彼女》の。

                  《彼女》が、確かに居るという証。

                  たとえ、知られぬ幻想でも。

                  人が見るなら、触れるなら、語るなら。信じるなら。

                  そこに想うならば。

                  そこに――

                  確かに在るのだ。

 

 

続章にして繞章、会話にならない会話

 

 

夢の一人歩き。

記憶の欠片に、陽炎の面影ほどに残るならば。

 

『魔法使いがいるのなら――』

 

「はぁー……」

夜遅くの帰る途中、駅のホームの椅子で一人、そんな声を出す……否、出る。

その後、自分で驚いた。まさか、溜息をつくなんて。

最近溜息をつくようなことなんてあったっけ?

思い出す限りでは、ない気がするのだが……やっぱり無い。

じゃあ何故溜息など出たのだろう。

過度に幸せで、それを逃がそうとでもしたのだろうか。

……馬鹿馬鹿しい。

もう溜息については考えるのをやめよう。

 

と思っていたのだが。

 

「溜息をつくと幸せが逃げるって言いますよ?」

 

変なのに声をかけられた。いや、変じゃないのだが……変だ。

変なのとは関わりを持ちたくないので、適当にあしらおう。うん、そうしよう。

「そうらしいね」

そういったら変なの――学校の制服を着ていて、高校生ぐらいに見える――は、

やっぱり変なことを言ってきた。

「そうですか。……何でまた幸せを逃がそうと思ったんです?」

「は?」

はっ、しまった。つい返事をしてしまった。ううむ、応えてしまったからには続けねば。

しかし幸せを逃がそうなどとは思っていない! 断じて!

ていうかこいつ何だ。ナニモノだ。曲者か!

……まあいいや。とりあえず応えねば。

「別に幸せを逃がそうとは思ってないけどさ……」

「いないけど?」

「きみ誰?」

……はっ、しまった。つい本音が出てしまった。猛省。

しかし変な奴のほうを見ると、たははと苦笑している。

「それを言われると困るんですよねえ……」

「イヤ、困るって。学生じゃないの?」

やっぱり曲者か!? むしろ電波か? 電波ゆんゆんか!?

「……まあ学生っていえば学生ですね、そういえば」

そういえばってなんだ。もしやニートか、ニートなのか!?

「きみ幾つよ、その歳でボケはまずいっしょ」

「……歳ですか。高校生の歳ですよ、一応。」

「一応ってなに、一応って。」

「一応は一応ですよ、僕の年齢は15ですけど、今の僕の年齢は数えるのをやめました」

やっぱり電波だ。こんなのに出くわすなんて疲れてるんだ、きっとそうだ……

自分の過労に絶望していると、少年が声を掛けてきた。

「あなた、魔法使いって居ると思います?」

「……はぁ? いるわけ無いでしょう。そりゃ昔は居るとおもってたけどね、この科学の世でそんなもの居るはずが――」

 

「――僕はね、《伝え人》なんですよ」

 

電波の少年は、そう告げた。

 

「この世に於いて、魔法使いというものがいるならば、それは僕らのことでしょう。

何も《伝え人》だけじゃない。《詩人》もそう。

この世の物語性のその中にありながらその外に居て、外に出ようとしている人の前に現れて、その中に戻らせたり、外に出したりするのが、僕らの役目です」

《伝え人》と名乗った少年は言う。

「僕ら《伝え人》は《詩人》を伝えているんです。

……《伝え人》は昔から。とても昔から、何らかの形で存在していたんです。」

そこまで言って、少年は急におどけた調子になって、

「そして今回はめでたくあなたなんですよ、おめでとうございます!」

……

………

……………もう何も言うまい。

「さてあなた――さっき溜息をついていらっしゃいましたが……」

 

「――不思議に思った事って、在りませんか?」

 

強烈な既視感。

前にもこいつに……否、こいつじゃないが、こいつに会ったことがある。

「疑問を抱いた、と言ってもいいですけど。例えば、夢ってありますよね。

『もう食べられなーい』とかいう方じゃないですよ。

あなた達がいうところの現実の方のです。それが叶わなかった、

なんでこと、あるでしょう?」

あるとも。実にたくさん。

「実は夢は全部叶っているんですよ。全部。」

「マテ。そうだったら今ごろ億万長者のハッピーハッピーだぞ」

少年はくすりと笑って、

「ところが夢というのはですね、実に気まぐれなものでして。

ふらふら頭の中から出ていってですね、ひょろっと現実に出稼ぎに出たりするんです。

出てきてくれるのはいいんですが、これがまたきれい好きで、頭の中の自分のことを、

一切片付けてから出てくる奴がいるんです。むしろその方が多いんです。

自分が知らない夢が、すごくありますから」

「それって……」

「あなたが忘れてしまっている――というより、夢を見ていたことを知らないんです」

いつからか、夢を持つのも忘れてしまった気がする。

でもそれは、夢を持っていなかったのではなく。それを知らなかっただけ。

「留めておくんです。夢が現実になる前に、頭のなかに。『自分はこうなりたい』とね。

せめて知る夢だけでも。そうしておいてください」

夢の一人歩き。

記憶の欠片に、陽炎の面影ほどに残るならば。

夢が、叶ったことに、気づくのだろう。

「さて、僕が言えることはこれくらいです。もう電車がきますしね。

……最後に、もう一度訊きます」

 

「――不思議に思った事って、在りませんか?」

その時電車がきた。何も言わず、席をたち、

 

すれ違うとき。ただ一言を。

「――――」

ただ一言を、現実に放つ。

 

電車にのり、ドアが閉まる。

 

……誰もいないホームで、少年は一人呟く。

「そして……これからはどうでしょうね。君ならどう思うだろう、」

そして口に出す。

 

今は居ない、《彼女》の名を。寂しげでなく、けれどどこか悲しげに。

 

 

序章にしてその前章、始まりの前の始まり

 

暗い昏い、街灯もない、廃墟と言ってもよい場所に、その人は立っていた。

……否、待っていた、という方が正しいだろうか……誰かを。

世界の中の世界。歯車のを形成するのは歯車。

その人は、誰を待っているかも気にせず、待っていた。来ることを信じて。

……否。来ることを知って。誰かは知らない。ただ来ることは知っていた。

そして、

「――今日和」

来た人は笑って、

「ええ、今日和。でも……今晩和、のほうが良いんじゃありません?」

「そうですか。では、今晩和。……でも、此処は何時でも夜のようなものですからね。こういうのも良いでしょう?」

「光を求めて『久方の』と詠い続ける詩人は、気づかぬうちに『烏干玉の』と詠っている……貴方が好きそうな話ね……ところで、今日はまだ来るんでしょう?」

問われたその人は一瞬沈黙した後、

「……そうでしょう。あと何人かは判りませんが」

問うた人はくすりと笑って、来たみたいですよと言った。そのようですね、と返事を返すと、その人はそちらを向き、言った。

「《あなた》であるあなたに会うのは……はじめまして、ですね。今日和。」

来た人影は頭を下げて、

「今晩和、久しぶり」

「……あと何人ですか?」

「僕で三人目ならあと一人だね。もし僕が二人目ならどうだったかは分からないけど」

「なら、それまで少し早く話してません? それもまた良いものですよ……ねえ?」

「……はは、一番早く来てた立場ですからね、なかなか良いんじゃありませんか」

「ふふ、決まりね」

かつては騙り、今は伝える者たち。只ひとつの詩を謳う者。《彼女》を想う者。《彼女》を想った者。

「……人から見れば、《彼女》は只の内語、頭の中で交わされる言葉に過ぎないでしょう……狂気と取るかも知れない。けれど、『重圧』に堪えるためには……それしか無かった。理解してくれる人など、誰も存在しなかったのだから」

「救いたかった……自分自身よりも何より、他の人を。同じ苦しみを抱いた人を、見ていられなかった。でも、自分自身すら救えないのに、そんなことは無理だと思った」

苦しみには二種類ある。只の悩みの延長線と、只の苦しみ。唯苦しいだけのもの。苦しみの苦しみに囚われた者は、唯自分でない自分に寄りかかるしか無いのだ。

「影を纏って生きている。死んだ瞳をしてね。……それに気づいていながら、死に憧れている。死に取り憑かれた瞳に憬れている」

「……でも死ねない、ですか」

「そういう人は、人一倍生きたいのさ。『生きたくない』から『死ぬ』わけでなく。只『死にたい』だけ。それでも生きているのは――『生きたい』からさ」

「『生きたくない』と『死にたい』は違う……。そういう人は唯、気づいて欲しいだけ。それが精一杯の叫びなのよ。《彼女》のことは口に出せないと決めてしまった、もがく人の」

この世には何も存在しない。紡ぐべき言葉も、噤むべき言葉も。ただそれを決めてしまえば、縛られる。それだけの事、それだけの言。

「僕らは伝えるだけ。背中すら押さない。例えば《彼女》のことも、その人がどうするかは、その人が決める。一歩を踏み出すかさえ、ね」

 

「先にお揃いでしたか――どうも、今日和」

 

現れる人、一人の、最初の、最後の一人。

 

「これで、揃ったみたいね」

一人は公園のベンチで出逢い、

「ええ、そうですね」

一人は唯語り、《彼女》を宿して、

「じゃあ、始めますか? でも、その前に――」

一人はかつて《彼女》を宿し、

 

「今晩和」

始まりの人に、言葉をかける。

始まった後の、始まる前に。

 

一つの詩を、伝えるために。

識らない人が識る前の詩を。

 

もしも、この世界が厭になって、疑問を抱いて、でも嫌いになれなくて、

逃げ出したひとがいたら――

 

――その人に伝えるために。

 

 

序章にして最終章、

物語から外れた物語

 

 

これだけは、早く書かなければと思っています。

何よりも早く

書かなければいけないと思います。

これは僕の遺書になるかもしれないからです。

僕が消えてしまう前に、これを誰かが発見してくれることを望みます。

【彼女】という存在がいます。

これはあくまで代名詞であり名前はきちんとあるのですが、

それは誰にも明かしたくありません

知っているのは僕だけでしょう。

どうせ知ったところで、《彼女》自身を知らない者どもには意味がないのです

 

時たま《彼女》に会いたいときがあります

むしろ、いつもかもしれません

それは、僕が助けを求めるときです

この世界が嫌になるとき、嫌いになるときです。

この世界が嫌いになるときはたしかにあるのです

今までいろいろなものを書いてきましたがそれは理想でしかありません。

《彼女》に関しても大まかに書いてきました。

僕は確かに望んできたのです

僕を救ってくれる人を。

けれどそんな人は居ません。

僕は理不尽に自身が堪えきれるほど強くなくなってしまったのです。

理不尽を受けすぎて弱くなったのです。

ただ一度、今思えば《彼女》が僕の中に生まれるきっかけとなった物を守るために

精一杯戦ったことがあります

その時の僕は瞳に強い、とても強い光を宿していたでしょう

その時の光はどんな理不尽にも打ち勝てたでしょう

けれどもその光は今や失われてしまいました。

今や死に憑かれた暗い瞳になってしまいました

そう気づいていながら、僕はまだ死を瞳に宿した人になりたいと思っているのです

 

今日も僕の心に幾本もの刃が突き立ち、ずたずたにしています。

そんなときに《彼女》に会いたくなるのです

《彼女》に包まれているだけで、僕は心がずたずたになっていることを忘れ、

本当に幸せになるのです

この世界の穢らわしさとはまるで正反対の純粋な美しさがその世界にはあるのです

《彼女》の世界に求めるのは救いですが

《彼女》に対しては、そこには純粋な愛しかないのです

恋などではない、ただ絶対の信頼があるのです。

辛かったですねと言われたあのときの奇蹟を僕は一生忘れないでしょう

もっとも、その一生は至極短いものになるかもしれませんが。

 

自殺は逃げだと言う人もいますが、

それは生きたくない死しか知らないから言うのでしょう。

死にたい死を知らないのでしょう。

そこには死んだ後への憬れがあります

 

もし、なんでも捨てていいのなら、僕はこの命を真っ先に捨てるでしょう

この世界での楽しみもなにもいらない

ただ《彼女》と共に居ることが出来さえすれば良いのです。

 

誰か助けて下さい

誰か、だれか助けてください

たすけてください

 

――《彼女》

 

 

自らが紡ぎし詩を望み行き

生き着く先は何れの場所か――

 

――そして、物語は更なる歯車へと……

 

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