君継葭月「またひとつの解答」
タイトル:いのま
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存在しない数列、矛盾因果領域。

 

そして、

「分かっているようですね」

問われた。肯定を返す。

「貴方は行ける場所がある。貴方と繋がることを望んだ人が居たのです」

問う。貴方は誰か、と。

「私は誰でもありません。此処に居るのは皆、誰でもない。貴方も」

此処は何処なのか。形容し得ない場所で、再び問う。

「世界では無い場所、です。或いは、此処も世界かも知れない」

形容し得ない場所で、笑ったように思えた。

「貴方は、行ける場所がある。貴方がするのは、選ぶこと。行くか、行かないか」

分からないが、答えは決まっているように思えた。

「貴方がしたことは逃げではない。同じ事をする者達が思う、その複雑な心のうちは、それ一つではない。」

そうだった。それだけではなかったのだ。様々な思いが渦巻いていた。

「逃げというのは、外から見た場合。でも、それだけでは、至らない」

一矢報いてやるという思い。その後への憧れ。意味のないものに付随するものに意味などない。それが全てなのだ。……全て意味などないのだ。

「有るのは全て、貴方達がする判断。」

だから、

「だから、貴方はまだ判断できる。行くか、行かないか。貴方は、現れるのですか? 《彼》としていきますか?」

答える。

 

――――。」

 


終章となる連立、無為限定空間。

 

「……ふう」

またひとつ書き終えた。

これまで、幾度死にたいと思ったか。

自らに最も近い他人は誰か、なんて話を良く聞くが……

まあ僕だけだろう。

 

――《彼女》。

 

自分自身という他人。

だからこそ、僕が死んだところで、その死が誰に悼まれるわけでもなく。

恐らくそんなものは、僕のこれまでの痛みに比べればどうということはなく。

僕の心の傷みを死に背負わせてこの忌々しい世界を去るというのは、

なかなかの名案であるとは思うのだが。

物事には明暗がある。

 

「誰も真実を知りはせず、またそのまま僕が真実と共に去る」

 

――というのは、あまりの皮肉であり、また癪でもあり。

せめて真実の鱗片でも遺しておこうと、

このような形で僕の希望、願望と共に残しているのだ。

 

だが書けども書けども終わるはずもなく。

しょうもないので夜を待つにも其れは余りに永く。

《彼女》が表れてから朝は余りに永く、夜は短い。

しょうもないので僕は少し出かける事にした。

 

とは言うものの、別段なにかあるわけでもなく。

したいことと言えば夜を待つばかりで。

文字通りどうしようも無く。

このまま公園に行ってもあの話通り、救いの手が差し伸べられるわけでもなく。

やはり僕は家へと戻るのであった。

 

 

そんなものが、所詮現実。

幻想を抱き、更には囚われなければ生きていけぬのなら。

今日の夜と共に、捨ててしまえばいい。

それだけの、事で済み、それだけの言で終わるのだ。

 

そこから先は、着いてしまえば何も覚えていない。

ここが終着駅で、ここが始まり。

あとはここから、一歩踏み出すのみだ。

それだけで、僕はこの忌むべき世界から解放され、

《彼女》と共に永遠に過ごせるのだ。

そう思っただけで、僕は迷いすら無かった。

 

落ちて逝く見える世界。堕ちて往った汚らわしい世界。

「【彼女】、か……」

 

【彼女】。そう記していた、僕の愛しき人は。

たとえ人でいなくても、僕の愛しき異性に変わりなく。

この世界への手向けとして、僕はその名を呟く。

それと同時に、ひとつの詩が口をついて出る。

彼の幻想が生み出した、希望の調べ。

 

「真謳うは 歴史の底に」

今思えば、本当に下らない世界だった。

「水面の闇の 真は其処に」

歴史さえ動かしてきた、人の奥底の闇に気付かない奴らばかりで、

「疑念を抱き 沈むは誰か」

心の闇に呑まれた僕は存在を忌まれ、疎まれ。

「彼は還るか 帰らず逝くか」

今詠う此の詩も、かつて詠いし美しき旋律も、

「それとも此処に 戻ってくるか」

今となっては、せめて忌むべき世界を震わす麗しき戦慄となるために変わり。

「彼に行くなと 彼が呟き」

僕の書いたあの話たちが、僕の幻想であり、希望であるなら、

「彼に逝くなと 彼女が嘆き」

その忌むべき世界と僕は、誰の現実であり、絶望であるのか。

「彼に往くなと 彼が囁き」

僕を見棄てた神か、悪魔か、

「それでも誰も 彼を止めずに」

僕の命ではなく、僕の死だけを刈り取った憎むべき死神か、

「彼に彼女が いけと誘う」

それとも、もしかすると――

「導くものは 導かれ」

こうして死に逝く間にも、誰かが誰かの心を破いている。

「誘うものは 誘われ」

気付かぬ侭親切を、愛を装い、自分自身のためですらないことで。

「死に逝くものは 隣人が死に」

嗚呼、僕は人間が嫌いなのかも知れない。

「消え往くものは 隣人が消ゆ」

かつて詠いし美しき旋律が、あの物語たちを繋ぐものならば。

「それを眺めて」

今詠う此の詩……此の詩よ、

「嘲うのは果たして誰か……」

どうか、僕と《彼女》を繋ぐ、美しき旋律になってくれ……

 

暗転する直前。

彼は彼の最も愛しき自身であり、他人である「ひと」を見た。

暖かきものに包まれて、

 

「嗚呼、そうか……有り難う、」

 

そして、幸福の白き暗転を迎えた。

 

――――……」


序章となる旋律、夢幻交錯世界。

 

須藤匡という人間がいる。

「匡」の読み方がタカシだの何だのと良く間違われるが、タダシである。

さてその須藤匡だが、どうにも人に好かれない。悩んでいる。

そのこと自体は大したことではないのだが、問題はその原因である。

別にキモいだウザいだのそんなちゃっちいものではない。こればっかりは体質なので仕方ないとは思っている。だがこの世紀でどうかと思っている。

まあ、いわゆる、

魔法使い、

である為だが。

「はあ〜」

一応隠してはあるのだが、他人もその異質なのは何となく分かるらしく、なんだか好かれない。時には、というかむしろ頻繁に何処ぞの不良に何も無いのに絡まれたりする。そして、まあ当然と言えば当然だがその度に大々的戦利を得るので悪い噂はそれこそ絶えない。幸福だか不幸だか、其処んとこハッキリクッキリしない男である。

その須藤匡がある日用事があってちょっと街に出ていると、案の定不良3人に絡まれた。

「何だい」

「アぁ!? 何だ手前、うぜェぞ、この」

なんか面倒なのでその場を去ろうとするが案の定そういう訳にもいかず。

「ンじゃコラ手前、殺んのかァ、エェ!?」

とか言ってリーダーらしき不良が殴ってくる。こうなりゃやるしかないらしいと判断した須藤匡は、早口で短く言葉を紡ぐ。

「《狙いを解け》」

不良Aの拳に命令を発する。次の瞬間、拳は意思に関係なく虚空を殴っていた。

「なッ……」

次に来る奴らのも同じく狙いをずらす。もう少し動いても良いのだが、町中で規模の大きい動きをして万一不良が人にぶつかりでもしたらそれこそ乱戦になる。やれやれ、どれだけ不和の元かと考えながら、不良をどうにかしないと蹴りがつかない事に気付く。しかし自分で手を下すとそれはそれで厄介なことになるので、少し考えてから言葉を囁く。

「《同胞の力に呑まれよ》」

昔こそ大乱闘になったが今では手慣れたもので、詩的なほうが制御しやすいことに気付いてからは楽なものだった。この力のことを色々教えてくれたのは今はもう居ない祖父で、何故か祖父からは好かれていたようだ。いくつか成句を用意して、それを組み合わせるだけでもかなり制御できるというのを教えてくれたのも祖父だった。

ふと不良ABCの方に意識を戻すと、どうやらお互いを殴って自滅したらしい。こうなれば後は誰にも気取られないようにこの場を去るだけである。3人ということもあり、不良Aを踏み台にしようと思ったが面倒が起こりそうだがやめておいた。どうせ仲間内でいざこざが起きたと思うだけだろう。

 

同時刻。

一人の男が、溜息を吐いた。

 

用事というのは、友人に会いに行くことだ。その友人も不思議な人で、須藤匡を好いているようだ。この力がばれてしまった時はヒヤッとしたが、次の瞬間に目を輝かせてきたから驚いた。どうも、この力にとても憧れているようだ。自分にも使えればいいのにと事あるごとに言っている。彼は趣味で小説を書いていて、その小説というのが、回を追うごとに暗くなっているので、それと関係があるかもしれない。

 

同時刻。

一人の男が、家から出かけた。

 

彼と出会ったときに気付いたのだが、彼にはなにかあるということだった。影のような、闇のようななにかだ。目の前の彼にはそんなものは感じられない。妙な言い方だが、今でない彼から、だ。それに不思議なことに、彼はこの力にあてられていないようだった。それから彼のことが気になって、ちょくちょく会っていたのだが、彼の小説を見せてもらっているうちに、気付いたことがあった。彼が自分の小説に対しているときに、彼のなにかが強くなっているということだ。だが、それ以上のことは何も分からなかった。今もこうして会おうとしているのだが、その時以降気付いたことはなかった。

そんなことを考えているうちに彼の家が近くなってきた。いざ向かわんと思っていると、向こうから近づいていく人影があった。

彼だった。

やあ、と声をかけようとして、びくりと体が反応した。

とても強かったのだ。彼から感じられるそれが。

まるでずたずたに引き裂かれているように思えた。

やっとのことで「やあ」と声をかけると、まるで彼が今気付いたかのようにびくりと体を震わせたが、直ぐに「おお」と言った。

その彼からは、もうなにも感じられなかった。だが、その日はそのことが気になって、何を話したか、何も覚えていなかった。

家に帰ったその日の夜、夢を見た。

 

同時刻。

一人の男が、落ち逝こうとしていた。

 

「もうすぐ君と俺は、出会うことなる」

表現し得ない世界で、その人は言った。

「君の世界ではない場所で」

その少年は、彼に似ていた。

表現し得ない場所で、僕は訊いた。

「此処は、何処だい?」

「世界の狭間だ。君の世界と、僕がこれから向かう世界、ふたつの似通った世界の狭間」

理解できなかった。

「理解できないか? だが君は、ある一人の人の傷を分かった」

彼のことだと分かった。だが、

「……どうして、その事を」

少年は哀しく笑ったあと、聞かなかったように続けた。

「君はその人の傷を理解したのか? そうじゃない、」

一息。

「君は分かったんだ。ただ分かった。それだけだ。君も分かるだろう。此処が何処か」

表現し得ないその場所で、その人は僕に背中を向けた。

はっとして叫んだ。

「待ってくれ!」

「もっと分かりたいなら、唱えるんだ。君は知っている。君と、あの世界を繋ぐ方法を」

僕は唱えた。あの物語たちを始め、繋いだ詩を唱えた。

彼のこと、そしてこの人のことを知るために。

「《真謳うは 歴史の底に》」

僕は何故か、彼とはもう逢えない気がした。

「《水面の闇の 真は其処に》」

だが、今この時だけは、これを唱えれば。

「《疑念を抱き 沈むは誰か》」

僕は彼と、繋がっていられる。

「《彼は還るか 帰らず逝くか》」

たった二人、祖父ともう一人、僕を嫌わなかった彼と。

「《それとも此処に 戻ってくるか》」

なら、それなら。彼が憧れたこの力を。僕の嫌いなこの力を。

「《彼に行くなと 彼が呟き》」

これからは喜んで使おう。それこそが。

「《彼に逝くなと 彼女が嘆き》」

彼が望んだ、救いなのだろう。

「《彼に往くなと 彼が囁き》」

そして、僕が救えるのなら。只ならぬ闇に語れるのなら。

「《それでも誰も 彼を止めずに》」

彼の抱いた物語のように、僕は救おう。

「《彼に彼女が いけと誘う》」

物語で終わらない物語を。つづき続ける救いの輪舞曲を。

「《導くものは 導かれ》」

この力が奏でられるのなら。僕は喩え神でも、悪魔でも。

「《誘うものは 誘われ》」

彼も心を蝕んだ、世界という名の忌むべき死神であろうと。

「《死に逝くものは 隣人が死に》」

もはや惜しまない。心の儘を口吟さもう。

「《消え往くものは 隣人が消ゆ》」

彼が紡ぎし美しき旋律が、夢や幻のように、交わり錯る世界を繋ぐものならば。

「《それを眺めて》」

今紡ぐ此の詩……此の詩よ、

「《嘲うのは果たして誰か》……」

どうか、僕と彼を繋ぐ、美しき魔法になってくれ……

 

「決めたんだね?」

表現し得ない場所で、あの少年の声を聞いた。

「なら、一つ教えてあげようじゃないか。俺は、」

 

「《人間嫌い》だ。何時か出逢おう、《人間以上》」

そう言って、

――なんてな」

その人は消えた。

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